札幌地方裁判所 昭和26年(ワ)473号 判決 1955年12月13日
原告(反訴被告) 三井鉱山株式会社
被告(反訴原告) 浜田鉄蔵
主文
原告(反訴被告、以上単に原告という)の請求を棄却する。
原告が被告(反訴原告、以下単に被告という)に対して昭和二十五年十月二十一日付をもつてした解雇の意思表示は無効であることを確認する。
訴訟費用は本訴、反訴とも原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、本訴につき、被告は原告に対して別紙目録記載の家屋を明け渡せ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、反訴につき、被告の請求はこれを棄却する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、本訴の請求の原因および反訴に対する答弁として、
一 原告は東京都に本店を置き美唄市に美唄鉱業所を設けて石炭の採掘販売を営む会社であり、被告は昭和十七年三月三十日右鉱業所に雇傭されて従業員となり別紙目録記載の家屋(社宅)に居住しているものである。
二 被告は原告会社の従業員であるのにもかかわらず、日本共産党三井細胞の幹部として常にその枢機に参劃し、細胞会議を自宅で開き、あるいはビラを配布する等細胞会議の決定事項を強力に実行して原告会社の事業の正常な運営を阻害した。すなわち、被告は、
(一) 昭和二十五年六月二十一日、被告宅において細胞会議を開き、望月ハナ、工藤糺、武川米雄、大島国夫、真木昭二らと会合し、「(イ)健康保険の保険証書は各人が所持すべきものであるからそれを従業員一般に知らせるために伝単を配布する。(ロ)現在の病院は患者の数からみて医師の数が少いのでこれを大衆に知らせて会社を攻撃するとともに医師その他の同情を得てこれを党員またはシンパとして誘導する。(ハ)稲田労務課長および和田労務係長の私生活は豪勢なものであるからこれを伝単にして撒布して従業員を煽動する。(ニ)現在の住宅状況では不良化防止ということは考えられない、殊に性教育については学校当局およびPTAに呼びかけて従業員住宅の改善を大衆から盛り上げて会社に圧力をかけるべきである。」との四項目を協議決定した。
(二) 同年九月二日、被告宅において真木昭二、東海林嗣男と細胞会議を開き、「(イ)社会党の平和運動が活溌であるから、共産党の平和運動もそれと同時に活溌に行う。平和運動は反税闘争と併行して行うとともに平和運動のスローガンとして戦争反対軍事基地化反対を大きく取り上げる。(ロ)医師と坑内係員の給料を上げる運動を起す。坑内係員に不平の声があるからその機会をつかまえて行う。これによつて医師および坑内係員の党加入もしくは協力者となるように誘導する。(ハ)伝単の配布方法としては、大衆の身近かな問題を取り上げ、その内容について反撃を喰つても解答できる程度の知識を配布する者に与えておくこと。伝単の配布に当つては必ず労務の者が邪魔をするから、これとの応待は激烈な調子でやり、腹を立てさせてこちらの身体に手をかけるように仕向け、手を掛けたら半殺しにするほど痛めつけること。」等の三項目を協議決定した。
(三) 同年十月十六日、被告宅において細胞会議を開いて望月ハナ、真木昭二、工藤糺、宍戸定男と会合し、「(イ)ボス的存在の人間をできるだけ細胞に加入させること。(ロ)山田、小野両係長の私行を曝露して大衆を煽動する。なお、この伝単の反響を充分調査すること。(ハ)民主青年団を利用して従業員の青年層に働きかけ、レツドバージは資本家の計画した労働組合の弱体化であるということを周知徹底させること。(ニ)エーミスは赤色追放を行えといつたが、これはわれわれ勤労大衆の力を怖れてその責任を資本家に転稼せんとするものであるということを伝単にして早出一番方に配布する。なお、その際米国製ローダーをボイコツトする記事を載せること。(ホ)電柱の貼り紙がはがされないのはわれわれ共産党の存在が認められた証拠である。」との五項目を協議決定した。
三 ところが、昭和二十五年十月十五日、原告会社と訴外全国三井炭鉱労働組合連合会(以下三鉱連と略称する)との間に、共産主義者またはその同調者で常に煽動的言動をもつて会社の事業の正常な運営を阻害する者を解雇することについて協定が成立した。被告は、当時三鉱連の傘下組合である三井美唄炭鉱労働組合(以下単に組合と略称する)の組合員である。原告会社美唄鉱業所は、右協定に基いて昭和二十五年十月十九日午後一時三十分から組合との交渉を開始し、原告会社側から寺山朝、石田源二および和田親敬、組合側から芳賀沼忠三、西鳥羽米一、宅和要一、福田敏夫および対馬孝旦らが出席し、右協定に基く特審委員として原告会社側寺山、石田、和田、組合側西鳥羽、福田、宅和を選出決定した後、主として解雇基準の解釈および適用範囲等について論議を重ねた結果結論を得た。そこで、原告会社は、具体的事実に基いて右協定の解雇基準に該当するものを認定し、翌二十日午前三時組合側に対して被告を含めて該当者三十九名の氏名を内示し、協定どおり同日午後一時にそれぞれ同年同月二十一日付をもつて解雇する旨の解雇通告をすべきことを申し入れた。ところが同二十日午前十一時に開催された原告会社側と組合側との第二回の会議において、組合側から該当者に任意退職を勧告するから個人に対する通告を同日午後四時まで延期されたい旨の申し入れがあり、原告会社側がこれを了承したところ同日午後三時までに六名の任意退職申出者があつたので、原告会社は、同日午後四時残りの被告を含む三十三名に対してそれぞれ解雇通告をした。さらに同年十月二十二日午後四時原告会社側と組合側との会議を開催した際、組合側から解雇通告を受けた三十三名の内十四名について再調査のうえ除外されたい旨申し入れがあり、原告会社は右再調査を約したが、この十四名のうちに被告は入つていなかつた。つづいて同月二十三日の会議において、原告会社側は、右再調査を約した十四名のうち四名を除外してもよいがそれは特審会議において決定する旨を表明した。しかして同月二十五日の特審会議の開催前に任意退職願を提出した者は合計二十三名に及んだので、結局被告を含む残りの十六名全員について特審手続をとることに双方協定した。特審会議は同月二十五日から二十八日までの四日間にわたつて開かれ、右十六名についてそれぞれ具体的に該当基準について論議を重ねた結果、被告を含む八名が解雇基準該当者として決定されたものである。かくして事前交渉、特審手続を通じて原告会社側と組合側との前後八回にわたる交渉会議において、被告については組合側から全然該当除外の申出がされたことはなく、かえつて被告が右協定基準該当者の最上位にあることは組合側の確認するところであつた。以上のように被告に対する本件解雇は右協定に定める手続に則り前述二の理由により右協定所定の解雇基準に該当するものとして行われかつ組合みずから基準に該当することを確認したものであるから適法かつ有効である。
四 のみならず、原告会社は昭和二十五年十月二十日被告に対して予告手当金一万五百九十一円五十銭、退職手当金四万三千四百四十円をそれぞれ提供し、なお右金員を同年十月二十三日までに受領した場合は別に特別加給として平均賃金二ケ月分を支払う旨を付記して同年十月二十一日付をもつて解雇する旨の意思表示をし、同日から一ケ月以内に被告が占有中の社宅を明け渡すべき旨を通告したが、被告は右金員の受領を拒絶したので、原告会社は止むなく昭和二十五年十二月六日札幌法務局岩見沢支局に前記金額から税金七千六百九十七円を控除した金四万三百三十四円五十銭を供託したところ、被告は昭和二十六年九月七日右供託金を受け取り、同月十九日原告会社に受取証を送付してきたので、被告はこの点においても解雇を承認したものである。
五 原告会社はその従業員に対し従業員の身分を保有する期間に限り社宅を貸与し、その期間中単に社宅修理費の一部として月額三十銭ないし八十銭、電灯料として月額二十七銭ないし四十銭を徴収しているほかは社宅料を徴収せず、事業施設の一部として原告会社が全経費を負担しており、原告会社と被告との間の本件社宅の貸借関係も例外でないばかりでなく、被告が解雇された後は右修理費および電灯料も徴収していない。したがつて本件社宅の貸借関係は使用貸借契約であり、原告会社は被告に対し昭和二十五年十月二十一日の解雇後一ケ月以内に明け渡すべき旨を通告したので、その翌日から起算して同年十一月二十一日に本件社宅の使用貸借契約は終了し、被告は原告会社に対して本件社宅を明け渡すべき義務があるのにもかかわらず今日に至るもこれを履行しない。原告会社の社宅はその従業員の居住のため事業施設として建設所有したものであり、石炭企業の経営合理化の叫ばれている現在、原告会社の従業員に対する社宅の貸与事情も甚だ窮乏を告げる実情にあり、既に解雇されて従業員の身分を失つた被告に本件社宅を占拠されることは、ひとり原告会社のみならずその従業員全般に対して非常な迷惑を及ぼすものである。
よつて本訴に及ぶと陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は、本訴につき、主文第一項同旨および訴訟費用は原告の負担とするとの判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、反訴につき、主文第二項同旨および訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、本訴に対する答弁および反訴の請求の原因として、
一 原告が東京都に本店を置き美唄市に美唄鉱業所を設けて石炭の採掘販売を営む会社であり、被告は昭和十七年三月三十日から原告会社に雇傭されて従業員となり別紙目録記載の家屋(社宅)に居住していること、原告会社が被告に対し昭和二十五年十月二十一日付をもつて「共産主義者またはその同調者で煽動的言動をもつて事業の正常な運営を阻害する。」という趣旨の理由で解雇通告をしたこと、原告の請求原因三のうち、昭和二十五年十月十九日午後一時三十分から同年同月二十日午後四時までの間に、原告会社と組合との間に原告主張のような交渉および解雇通告がされたこと、原告会社はその従業員に対しその身分を保有する期間に限り社宅を貸与し、その期間中社宅修理費の一部として月額三十銭ないし八十銭、電灯料として月額二十七銭ないし四十銭を徴収しているほか社宅料としてはなんら徴収せず、事業施設の一部として原告会社が全経費を負担し、本件社宅も例外でなく、被告に対する解雇通告後は右修理費および電灯料も徴収していないこと、原告会社は被告に対し解雇通告後一ケ月の猶予期間内に本件社宅を明け渡すべきことを通告したことおよび被告が原告主張の日時その主張の予告手当および退職手当を受領し、原告会社あて受取証を送付したことはいずれもこれを認めるか、その余の事実はすべて否認する。原告は被告が右予告手当および退職手当を受領したので本件解雇を承認したものであると主張するが、被告は右手当を生活資金として一時受領したのに過ぎないから本件解雇を承認したことにはならない。のみならず本件解雇は次の理由によつて無効である。
(一) 原告会社が被告を解雇したのは、原告会社と三鉱連との間に昭和二十五年十月十五日に締結された協定に基くというのであるが、仮りに本件解雇が右協定によるものとしても、右協定は単にその解雇基準該当者の解雇に対して「三鉱連として何ら異議を主張しない」という効力を有するに過ぎないもので、被告が三鉱連の傘下組合の三井美唄炭鉱労働組合の組合員であるからといつて、被告に対してはその拘束力は及ばない。すなわち、個々の組合員が右基準に客観的に該当するとしても、それを理由として「原告会社はその組合員を当然解雇することができ、その組合員は右協定に拘束されて解雇の効力を法律上容認しなければならない。」という効力まで生ずるものではない。
(二) 仮りに右協定が被告を法的に拘束するとしても、原告が本件解雇の具体的事由として主張する事実は被告が共産党員であることを除いて全く事実無恨である。仮りに右事実が存在したとしても、その細胞会議決定事項はすべて原告会社の従業員として当然かつ妥当な要求事項のみであり、かかる事項を細胞会議で決議したからといつてこれをもつて直ちに原告会社の「正常な事業の運営を阻害するもの。」といえないことは論ずるまでもない。したがつて、本件解雇は、解雇基準に該当しない事由をもつてした違法がある。
(三) さらに、本件解雇は、実質上いわゆるレツドパージによる解雇であり、憲法違反であるから無効である。
以上いずれの理由によるも本件解雇は無効であるから、被告は現在なお原告会社の従業員たる身分を失わないものである。したがつて被告は本件社宅を明け渡すべき義務を負わない。
二 仮りに本件解雇が有効であるとしても、本件社宅の貸与は実質的には労働賃金の決定要素となつているものであり、一種の賃貸借契約に基くものであるから本件社宅についても借家法の規定が適用されるべきである。したがつて正当の理由が存しない限り原告会社は被告に対して本件社宅の明け渡しを請求することができないのにもかかわらず明渡請求の正当理由については何ら原告の主張がないから被告に本件社宅の明渡義務は存しないと陳述した。
(立証省略)
理由
原告が東京都に本店を置き美唄市に美唄鉱業所を設けて石炭の採掘販売を営む会社であり、被告は昭和十七年三月三十日より原告会社の従業員となり別紙目録記載の家屋(社宅)に居住していること、原告会社は被告に対して「共産主義者またはその同調者で煽動的言動をもつて事業の正常な運営を阻害する。」という趣旨の理由で昭和二十五年十月二十一日付をもつて解雇する旨の意思表示をしたこと、被告が共産党員であり当時三鉱連の傘下組合である三井美唄炭鉱労働組合員であつたこと、および昭和二十六年九月七日被告が原告会社より本件解雇に伴う予告手当金および退職手当金を受領し、同月十九日原告会社あて受領証を送付したことは、当事者間に争いがない。
先ず原告会社が被告を解雇するに至つた経緯を認定する。
成立に争いのない甲第一、第四号証、証人和田親敬の証言によつて真正に成立したと認められる甲第六号証ノ一、証人木谷六郎、石田源二、和田親敬(第一回)、寺山朝、芳賀沼忠三、西鳥羽米一の各証言被告本人尋問の結果を綜合すると、昭和二十五年六月以降、報道、映画、電産、日通等の各産業部門においていわゆるレツドパージが行われた後、同年九月頃総司令部経済科学局労働課長エーミスから鉱業経営者の組織体である石炭連盟の代表者数名が総司令部に招かれ、石炭部門においても石炭企業の正常な運営を阻害する危険分子を追放するよう示唆勧告を受けるに至つたので、原告会社は三鉱連と交渉を重ねた結果、従来原告会社と三鉱連との間に「人事に関する昭和二十四年十二月二日附協定第一条第一号の解雇の一般的基準に関する協定」と題する解雇に関する協定が成立していたのであるが、それとは別個に特に「共産主義者またはこれに準ずる行動のある者で会社の事業の正常なる運営を阻害する者」を解雇することを目的とする協定が、同二十五年十月十五日両者の間に成立した。右協定は、(一)「事業の正常なる運営を阻害する共産主義者又はこれに準ずる行動ある者」をもつて該当基準とし、(二)整理日程は同年十月十九日から同月二十八日までの間、(三)該当者のうち組合が明確な反証があると認めた場合に限り、組合の申出により特審手続を経ることとし、右手続の受理期限は同年十月二十四日午前九時から同日正午まで、特審手続の組織は原告会社および組合から代表者各三名、特審手続により非該当の決定がされた者については原状回復をするとともにその間の平均賃金を支給することとし、(四)その他退職給与基準に関する条項等をその内容とするものであることがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。次に、原告会社は右協定に基く解雇を実施するため昭和二十五年十月十九日組合と交渉を開始し、原告会社側から寺山朝、石田源二および和田親敬、組合側から芳賀沼忠三、西鳥羽米一、宅和要一、対馬孝旦および福田敏夫が出席して右協定の解釈運用について論議を重ねたが、その際原告会社はそれぞれ具体的事実の調査に基いて解雇基準該当者と認定した被告を含む組合員三十九名の氏名を組合側に内示し、翌二十日午後一時にそれぞれ各個人に対して解雇通告をする旨組合側に通知したところ、翌二十日組合側から該当予定者中任意退職願を提出する者があるから個人に対する通告を同日午後三時迄延期されたい旨の申入れがあり、原告会社側がこれを了承したところ同日午後三時までに六名の任意退職申出者があつたので、同日原告会社は残りの被告を含む三十三名に対しそれぞれ解雇通告をしたものであることは当事者間に争いがなく、さらに、前顕各証拠によると、同月二十二日組合側から解雇通告者三十三名中十四名について特審手続の申込があり、原告会社はこれを了承したが、被告は組合が特審手続を要求した右十四名中に含まれていなかつたこと、同月二十四日の特審手続の開始前に任意退職願を提出した者は合計二十三名に及んだので、結局組合側の申込により被告を含む残り十六名全員について特審手続を経ることとし、同月二十四日から二十八日まで原告会社および組合側より各三名宛の代表委員によつて特審手続が進められた結果、八名について原状回復を認め、被告を含むその余の八名については原状回復を認めないことに決定されたものであることが認められる。右認定に反する証拠は措信することができない。
すなわち、被告の解雇は原告会社と三鉱連間に昭和二十五年十月十五日成立した協定に基き原告会社と被告所属組合(三井美唄炭鉱労働組合)との間で協定どおりの手続と協定所定の解雇基準とに従つて行われたこと、原告会社の通告した被解雇者の一部について組合が原状回復のため協定所定の特審手続を要求した際に被告について敢て特審手続を要求しなかつたこと、最後になつて任意退職者を除く被解雇者全員について特審手続を経た際の審査の結果、被告が協定所定の解雇基準に該当するものとの認定により解雇が決定したこと、が明らかである。しかし被告の解雇がこのように協定どおり手続により協定所定の解雇基準に従いかつ組合の被告に対する非救済の態度によつて決定したからといつてそれだけで被告の解雇を当然に有効とすることはできないこともちろんであつて、被告の解雇が有効であるためにはさらに右解雇基準が法律上許容せられるものであることおよび、被告が真実右解雇基準に該当することが必要である。
ところで右解雇基準は「業務の正常なる運営を阻害する共産主義者またはこれに準ずる行動ある者」とあること前述のとおりである、およそ正当な組合活動またはその他の正当理由によらずして会社業務の正常な運営を阻害する者を事業体から排除することは解雇の自由によつて使用者にゆるされるところと解せられるから、たとえ共産党員ないし共産主義者であつてもこのような業務阻害者である以上これを業務阻害の理由で解雇することは解雇権の正当行使とせねばならない。この意味において右の解雇基準は、単に「共産党員または同調者」というのと異り、解雇基準としては法律上許容されるところであつて、ただ基準前段において「共産主義者」と限定する点において同じ業務阻害者についても一般と差別待遇をしているようであるけれども、この点はさらに「またはこれに準ずる行動ある者」として信条、思想の自由を冐すべきその限定を解いて一般者につき行動面において規定しているのであるから、結局この基準全体としては信条、思想による差別とはいいがたく、この意味においても法律上許容されるものといえる。もつとも「業務の正常な運営を阻害する共産主義者」に「準ずる行動」とはいかなるものであるか、その具体的判定は困難な業であろう。
そこで被告が右解雇基準に該当するかどうかを判断する。
成立に争いない甲第二号証および被告本人尋問の結果によると、被告は昭和二十五年一月一日日本共産党に入党して三井美唄細胞に所属していたことを認めることができる。証人石田源二の証言によると、被告が病院の設備および健康保険制度を間題として取り上げ、坑内労務者へ働きかけたり、ビラを頒布する等の行為をしたことが窺われないではない。被告本人尋問の結果によれば、被告宅において回数は多くないが細胞会議を開き、その際病院の状態および健康保険制度について討議したことを認めることができ、証人寺山朝の証言によれば、被告が、原告会社が合併した結果従業員に対して労働強化を強制している、坑内作業は重労働である。医師の給料が安い、原告会社が不良化防止を主唱しているが現在の住宅の設備では不良化防止はできないので、住宅の完備を図る必要がある等の事項を全炭労の機関紙に発表し、かつビラにして頒布したことを認めることができる。このように原告主張の事実は全くの事実無根というのではないが、ビラ頒布についてみても、その日時、場所、回数、内容等については判然としないのであり、証人和田親敬(第一回)は、被告が自宅において望月ハナ、工藤糺、武川米雄、大島国夫、真木昭二、東海林嗣男らと会合し、活溌に細胞会議を開き、原告主張のような協議事項を決定し、それをビラにして頒布した旨供述しているが、右供述は伝聞供述であり、かつ精確な記憶による証言でないことは同証人のみずから認めるところであるから右供述はにわかに措信する訳にはいかない。その余の原告の主張事実はこれを認めるに足りる適確な証拠が無い。そうである以上は右認定事実について判断する限り被告の行為は社宅内の集会と原告会社の企業の運営面における若干点に対する批判的宣伝活動とであつて、それにより原告会社の企業の正常な運営を阻害するに至つていると断定をするにはなお不十分といわねばならない。
被告は、本件解雇基準は集団解雇に当つて組合の上部団体たる三鉱連が原告会社と協定したものであつて、当然には下部組合たる三井美唄炭鉱労働組合の個々の組合員を拘束しない、と主張するのであるが、およそ集団解雇における解雇基準の協定は、使用者をして協定所定の基準に拠らずしては個々の組合員を解雇しない旨、解雇権を自己制限せしめるものであり、組合をして基準の解釈適用に争いのない限り、個々の組合員の解雇につき争わないことを約せしめるものであるが、それは同時に個々の組合員に対しては解雇権の自己制限により反射的に所定基準に該当しない集団解雇が行われることのないよう消極的保障を与えるものにほかならない。すなわち解雇基準協定はその法的拘束力を協約当事者たる使用者に対しては解雇権を、組合に対しては統制力の対外的発動ないし争議権をそれぞれ制限する形で及ぼすけれども、個々の組合員に対する関係においては法的拘束力を及ぼすのではなくてむしろ保障を与えるものというべきである。このことは協定当事者たる組合が上部組合たると下部組合たるとによつてその理を異にするいわれはない。(また上部組合の協定したところが下部組合を拘束するのは協定そのものの拘束力とは別に、組合の組織法理によるものである。)したがつて、本件解雇は協定所定の解雇基準に該当しないから前述の解雇権の自己制限による組合員個々に対する保障を破り法律上無効という外ない。
原告は、被告が予告手当金および退職手当金を受領した上その受取証を原告あて送付しているので、被告が本件解雇を承認したものであるとして解雇の有効を主張するのであるが、成立に争いない乙第一号証および被告本人の供述に弁論の全趣旨を総合すれば被告は原告会社に対して解雇を認めるものでなくあくまでその無効を主張して闘争し、生活資金として一時受領するだけの意思であることが認められ、被告が予告手当金等を受領したのは解雇の承認ではないと認められるので、この点に関する原告の主張は採用の限りでない。(無効な解雇を被解雇者が承認した場合の法律関係は茲で論ずる限りでない。)
したがつて本件解雇の有効を前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がなく失当として棄却すべきであり、本件解雇の無効確認を求める被告の反訴請求は正当として認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用した上、主文のとおり判決する。
(裁判官 立岡安正 吉田良正 石垣光雄)